毎日の生活を心から楽しみたい、孤独や空しさは誰でもあるからこそ、お互いのことを知りたいですね。少しでも人との触れ合いが感じられたら、それは本当の楽しみであり幸せですね。
新年
2012年01月02日 (月) | 編集 |
平成24年になった。
去年は震災というより我が家は原発に終始した年になった。
3月の11日までは、どのようなことが起きていたのかさえ
思い出せない。
その後は目まぐるしく世界が変わっていった。
年末までには生活の全てを見直し、来年に向けての
方針も立てた。放射能との付き合いが長くなる私たち
日本人としての、安心できる生活とは何か?
どのような知恵が必要なのか、これを考える一年に
なりそうだ。気にしない人は気にしないだろう。
気にしなくても偶然、一生のんきに暮らせたら、
それも同じ一生だ。気にしすぎて、ストレスが溜まることとの
天秤にかけても、今の東日本での生活は、危険ではないかと
思う。安全だ、大丈夫だと、信じることが出来ない私の
気が小さいのか、用心深いのか、結果は判らないが
気にせずにはいられないのだから仕方がない。
生活もしていかなければならない。経済も命を守るために
大切なこと。どんな兼ね合いで何を選択するのか
これを決定していくことが、本当に難しい。
このことは福島から逃げたくても逃げない人にも
同じことが言えるのではないかと思う。
今年は心穏やかな毎日を少しでも満喫できるような
生活を実現することが目標となるだろう。
南相馬のぬまゆさんのブログがとても気になる。
日本中の人が見るべきブログではないか。
嘘だ、とかの誹謗や中傷がひどいと書いておられた。
これが嘘だったらどんなにうれしいかと思うが
残念ながらあんな嘘はなかなか書けるものではないと思う。
コムラがえり
2011年08月17日 (水) | 編集 |
最近は自転車漕ぎで、体を鍛えている。運動の前と後には、ストレッチは必ず入れたほうがいいようです。ストレッチをサボったせいだと思うんですが、ふくらはぎの勝手な膠着が起きました。痛みがかなりありましたし、治し方が解らないので、固まった筋肉を手で掴んで、揉みほぐしました。時間にしたら1分も経たないうちにほぐれましたが、残った痛みは、いつまで続くのかなと気になってます。ビタミンやミネラルの不足からコムラがえりは起きる場合もあるそうです。冷やすのもいけないようです。今夜はお風呂でよく揉みほぐしてから寝たいです。
夏でも火の用心?
2011年07月25日 (月) | 編集 |
夏休みに入ってからすぐくらいか、夜になると、「火の用心!カチカチ・・・
」と、聞こえるようになりました。私の中では、冬の乾燥した中寒いけど町内会の方がご苦労様なことに、という印象でしたが、今年から、どうやら夏にも火の用心で町内を巡ってくれているようです。ちょっと驚きです。火災は冬の暖房だけとは限りませんから良いことですね。
土曜の午後、ボーっとしていたら・・・・
2011年07月02日 (土) | 編集 |
玄関に誰かが来たらしい。
『ピンポーン・・・』
要らないセールスにつかまることの多い私のこと、
インターホンで対応、
私:「はい」
玄関口来客「せいのうウイルス!」
意味の解らない私。
私:「はい?」
相手はまったく変わらぬ口調ではっきりと・・・
玄関口来客「せいのうウイルス!」 
これは、頭のおかしい奴が、我が家に来て
遊んでいる!と思い込んだ私。
私:「どちら様ですか?」
玄関口怪しい人:「せいのうウイルスー!」
私:「それがどうかしたんですか?」と半笑いで聞き返す
玄関口来客:「お水を届けに来ました」

ハッと気が付いた私。
早口な運送屋さん、せいのうウィルスじゃなくて、
「西濃運輸です」って何度もこたえてくれてたんですねっと理解!!

「運送会社ですね?」と確認。
「そうです〜」
大変失礼いたしました
運送屋さんのほうも、
「それが何か?」とか言われてもね。。。。

一度そう聞きとってしまった言葉、何度聞いても同じに聞こえてしまう私。
耳が悪いのか頭が悪いのか
やさしい運送屋さん、重たい荷物を玄関の中まで
親切に運んでくださり、ありがとうございました
やっと冷静になりました
2011年04月06日 (水) | 編集 |
3.11からもうあと数日で一ヶ月になるとは思えないほどの、速い時間の流れを感じています。

原発のニュースは、なぜだかいつの間にか、最初に聞いたときのことが思い出せなくなっています。
今では毎日天気予報でも見るように、放射能が飛散していないか、水道水には含まれなかったか、
調べながらの日々です。

原子力エネルギーという、扱ってはいけないものを人は、抱えてしまったんでしょうか。

自然の驚異を甘く見ていたことは事実です。想定していなかった自然の猛威が、振るわれたのですから。

これは私にとっては、目に見えないものとの戦いです。

人から大げさと思われても、神経質と言われても、

自分達の身は自分達で守ることが、まずは人に迷惑をかけずに済む第一歩だと考えています。

この震災によって、生きるということを強烈に実感しました。なので生と死は、常に背中合わせだったと理解した感じです。
それまで、精神的な弱さとかで悩んだりしたことは、死を意識したら、吹き飛びました。

戦争を体験してきた私の親の世代の人々の強さは、こういう体験からきていたんだと、そんなことも解りました。

まだまだ生きるためにやるべきことが、山積しています。